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ギャラリーたむらとブラアリタ

2019年01月28日
田谷先生の絵は結局写真には撮れなかった。
上手く撮れたとしても写真ではあの黒は感じられないと思う。


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だから、ギャラリーたむらへお出かけください。
2019年1月25日(金)- 2月3日(日)
田谷 行平展
11:00am - 7:00pm 個展会期中無休


もうほんとうにため息の出るような涙の出るような作品です。
タイトルの言葉と相まってその深い黒が観る者の感性に訴えてくるのだと思います。






午後は、有田先生のブラアリタ(宇品地区散策)に参加しました。

タモリさんも楽しそうに高低差の多い宇品を歩いてましたね。

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平和の塔・・・トイレに行っていたためお話を聴き逃した!

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千田廟公園・・・従妹の明美が保育園の頃ここで運動会があって見に来ていた、懐かし!

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千田廟公園内の従軍記者として宇品港を出航した俳人・正岡子規の句碑「行かば我 筆の花散る 處まで」(1922年9月建立)

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広島市郷土資料館・・・初めて行ったけど中を観る時間は無かったので、いつか行かねば!

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神田神社・・・牛田から飛んできた神田神社の玉垣に、ネギちゃんのひいおじいちゃんの名前発見!
禰宜元末四郎さんは、黒板の会社をしておられたそうです。

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日照山千暁寺・・・
日清戦争以降第二次世界大戦まで戦場で命を落とした人々が遺骨で宇品港に運ばれ帰り各地の遺族に引渡されるまでの安置所となり合同慰霊祭が執り行われた。戦争が終わったころには、庭には引き取り手の無い兵士の遺骨がいっぱいあったという。

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旧陸軍桟橋(旧六管)跡(宇品波止場公園内)など・・・今日は釣り人や家族連れが公園で遊んでいました。

平和がいいなぁ。


有田さんと参加されたみなさま今日もありがとうございました。

今日歩いたコースの詳しいレジメは1月7日のriri日記にあります。


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今日は、木曜日記。

2019年01月26日
54歳のころ、私は一念発起してイングランドに留学に行きました。
あれから11年、私はまた夜な夜な格安語学学校と格安航空券を探して夕べやっと条件に合いそうな(安い・日中に着く・空港で長時間待たない)チケットをゲットしました。
7月から仏語の学校に行ってみます。


ririの木曜日記。
なぜなら目的の一つの「ふくべ三」が木曜と日曜しかオープンしてないからこの度の風呂部活は火曜でなく木曜でした。

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湯来の里山の素敵なところでした。
お蕎麦も絶品でしたが予約がいるそうですよ。
☎ 0829-86-0017
広島県広島市佐伯区湯来町大字伏谷1229-1

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蕎麦名人と行く蕎麦ツアー!

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山あいの湯の山温泉で温まってその上にある神社にもお参りしました。♨
風呂部長いつも引率ありがとうございます!

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湯の山温泉の昔の打たせ湯の様子。


木曜日、黒猫亭朋子さん、カモメのお留守番をしていただいてありがとうございました。
その夜彼女はおりんばあさんに変身して金田一耕助のお話など楢さんのマハ夜間無名塾でされました。

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手描きの地図に沿って横溝ファンの皆さんが歩く様子も目に見えるように説明してくれてとても面白かったです。
横溝ファンは必見でしたよ!!




それから火曜に行ったギャラリーGのハップの展覧会で中国新聞さんに偶然取材を受けた様子が掲載されていました。

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派手な二人がGに入っていったとハシバミドリさんに言われたけど、こうしてみると少し派手ですね。
明日日曜まで。作品が多いのでゆっくり時間を取って行かれた方がいいです。






毎週土曜の朝ギャラリーオープン前は、英語でおしゃべりの会をしています。
なかなか出なくなった言葉をひねり出すことがボケ防止に役立つそうです!

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We enjoyed a simple tea ceremony this morning,

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Traditional Japanese sweets named OHIGASHI.

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Princess Daphne came wearing a cute hooded coat.



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定休日は大忙しですけぇ。

2019年01月23日
 サビニャック展は面白い。
わたしらは、サロンドピーナッツってフランス語教室で京子さんにフランス語を習っています。
サビニャックはフランス人なので作品のポスターの文字もフランス語なのですこーし読めました。
すこーし読めるとかなり嬉しい!!
Un petit bateau プチバトー ・・・小さい船 などが読めました。

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サビニャックを観た後、BOSHUというヘアサロンで髪を切りましたから、これ髪の長い最後の写真。
私のバサバサオレンジヘアーでもドネイションの役に立つそうで送ってもらうことにしました。




先週、奥田元宋美術館に堀文子展を一緒に見に行ったフランス語仲間のさっちゃんは、あれからモンサンミッシェルお誕生日弾丸ツアーに行ってきました。すごいね!元気です!!

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Joyeux anniversaire SACHIKO!







出入りーアート日本画展は、明日から後半の一週間に入ります。

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地元大和町の桜の絵を今日持ってこられました。
自然豊かな大和町を描くのが好きなのだそうです。





2月1日からは、前回の「すいません、個展やります。」に引き続き中寿賀亮介さんの「すいません、また個展やります。」が始まります。

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中寿賀さんの自画像です。そっくり!

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私は鳥博士と呼んでいます。鳥のこと詳しいのでよく教えてもらっています。







おまけのはなたん。

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おまけのほっくん。

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I  DAD!

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飛ぶように一月が過ぎていく~!

2019年01月19日
飛ぶように時間が過ぎるのは、子供と違って年を取って感動が無い生活をしているからだと、チコちゃんが言っていたから何事にも感動するようにしよう。



出入りーアートさんの個展は二年前は水彩画でした。
あれから日本画を勉強されて今回は大作が並びました。
お仕事でほぼ会場には来られませんが在廊時には画材を広げて楽しそうに絵を描いておられます。
地元大和町の美しい桜を描き中。

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いつか私も描いてみたいなー、日本画。








毎週土曜は英語でおしゃべりの会をしています。

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ダフネちゃん↑
Her name is Daphne.
Do you know? It is the name that comes out in Greek mythology.
Though beautiful, but she is not interested in men.
And, someday she will become an olive tree.
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神話  mythology
もやし  Bean sprouts
腰が痛い  My back hurts
鹿の糞  Deer feces
鹿のうんこ  The deer poo
鹿のくそ  Deer shit
淡い色  pale colou
半透明  Translucent


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文子さんの絵とFMちゅーピー。

2019年01月16日
休日の午後、乳がんと甲状腺のがん検診に行きました。
乳がんの手術をしてもう20年ですからすっかりがん患者だったことを忘れていますが年に一度検診のために病院に行くと「あーそうだった。」と思い出します。
その時の女医さんとまだつながっていて「来なさい。」と言われるから仕方なく検診に行くのだけど本当は他のがん検診にもちゃんと行きなさいと言われます。
行ってます?みなさん。
行かなくちゃねー。




朝は、中村さんの車で三次の奥田元宋美術館に堀文子個展を観に行きました。
私たちアート大好き美女三人は足が無いので遠い美術館に連れて行ってもらえると助かります。

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美術館前のトレッタ三次で地産の美味しい食材のバイキングランチをいただきました。

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いつも新鮮野菜と美味しいパンも買って帰ります。



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堀文子さんの私が好きだった日本画のひとつ。四季折々の花や生き物がいます。

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さっちゃんが好きだった猫。
味噌人はくるみ割り人形の原画が良かったらしい。
中村さんは、最初の部屋の人物。ありがとうございました!


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松尾錦君の描いた猫。↑





今年になって、確定申告の入力が忙しいので後回しにしていたチーズケーキを焼きまして、
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俳句のお仲間になった茶屋八軒さんに美味しいと言ってもらいました。



それから午後は、FMちゅーピーのラジオ番組の天野真木子さんのすまいるパフェのコーナーに出してもらいました。
今日は、朗読会のマキコさんとアトムの好きなスズキさんがそばにいてくれたのでドキドキしながらもなんだか調子よくおしゃべりできました。
パーソナリティの天野真木子さんは、出入りーアートさんのツイッターの「こおひいを飲んでいます。」もチェックしてくださっていました!

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松尾錦君の個展は明日17日までです(最終日はpm5時まで)。
午後は作家在廊してお待ちしています。







おまけのおじぞうさん。

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サビちゃんが、遊夢さんの原画で作ってもらったおじそうさんのハンコがかわいいです。
カモメとカモメで発表される作家さんをいつも応援してくれてありがとうございます!








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カモメ初句会🐥

2019年01月14日
カモメのばぁばぁ「夜の美術館」句会報
第五十三号(平成三十一年一月)

一月六日(日)、まだ正月気分が抜けきらず、いつもより少し遅れて行くと、句会の席も整えられもう半数ぐらいの句友が待ち構えていた。松尾錦さんの個展会場をお借りして、初参加の茶屋七軒さん、二度目となる松尾錦さんを含めて十三名の参加者で六時開始となった。(欠席投句された風外さんの句は、句会の後に提出されたため、選はありません)
(◎印は高点句、◯印は次点句 ○○○は原句修正箇所)
     (清記逆順列記)

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兼題 「恵方」                                      
風受けて恵方に翔びし烏かな  朋子
グーグルで恵方に神社探しをり  走波
○二〇一九(にせんじゅうく)スマホが案内する恵方  えこ
平成の災い収む恵方かな  六星
地図見ればちょうど恵方に並ぶ寺社  華院
吉方は東北東ぞ宜ふ候  下駄麿
恵方より中身気になる福袋  たつみ
おのがじし歩む道こそ恵方なり  ねむ女
日々来たる時の歩みが恵方なれ  錦
夢のせて恵方に託す宝くじ  厚子
オレンジのドアに郵便明の方  七軒
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"Door" draw by Nishiki Matsuo

◎環状線に揺られ恵方のみぎひだり  新治
○小吉を引くもわが道恵方とす  茂樹
弱き人恵方便りに道を行く   風外


当季雑詠

初みくじ縁も結びし小枝かな  朋子
◎蚤の市ランプに灯る冬陽かな  朋子
喪のうちにいつしか過ぎぬ三が日  走波
◎バイク屋の店主モヒカン松飾  走波
元日は母の居室でカルタとり  えこ
着ぶくれて雀遊べる雪だまり  えこ
ひとり居の洗濯竿に初明かり  六星
◎風走る川面を撫でて初カモメ  六星
石垣やくぐりたまえと枯芒  華院
行列をよそに菓子食う初詣  華院
サヴィニャック県美の庭に六日かな  下駄麿
呻吟と歯ぎしりもまた初句会  下駄麿
霜降りる休耕田の曠野(あけの)かな  たつみ
平服で集う初釜天皇忌  たつみ
あけおめの絵文字で届く初メール  ねむ女
老眼鏡掛けてきいちの初ぬりゑ  ねむ女
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初雀しめ縄の米糧とする  錦
朗らかな冬空ありて雪は無く  錦
○いつもいる隣の奴と初笑い  厚子
くる年に「一月(いちげつ)一日(いちじつ)」聴く年初  厚子
新型の電車は翼初句会  七軒
ペンでかく鈴緒の余白君の春  七軒
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「三原久井稲荷神社」 draw by Nishiki Matsuo

◎長身の巫女より享くる破魔矢かな  新治
福引の列に日・中・欧・米・印  新治
蠟梅とすんなり書けず電子辞書  茂樹
○慰霊碑にペットボトルと鏡餅  茂樹
鏡餅年々小さく今年なし  風外
塗椀で雑煮食べずにいつもプラ  風外


(句会寸描)

*兼題の「恵方」は、新治さんが一位となり、雑詠は朋子さん、走波さん、六星さん、新治さんが、一位を分け合った。兼題の方は、新しい題材と取り合わせた句が多く選ばれた。雑詠の方は、平均的に選が分散して、それぞれの好みの差が出たようだ。句会後の新年会の余興では、第八回おおさか口笛音楽コンクール四位の新治さんが、美しい口笛を二曲も披露してくれた。


*兼題「恵方」

◎環状線に揺られ恵方のみぎひだり  新治
「恵方」をユニークな感覚でとらえたところが面白い。「恵方」の方角が目まぐるしく変わってゆく様子が面白い。

○二〇一九(にせんじゅうく)スマホが案内する恵方  えこ
 「二〇一九」に」にルビを振ったことにより、ロボットのような響きが感じられ、斬新な詠み方をしている。

○小吉を引くもわが道恵方とす  茂樹
今年の初詣で小吉を引いた。大吉でなく残念とも思ったが、何事も程々がよいと解釈して、それに従うことにした。

*当季雑詠

◎蚤の市ランプに灯る冬陽かな  朋子
「蚤の市」らしい景が見えてくる。「冬陽」がランプにあたっているところを詠んでいるのが良いとの声も出た。

◎バイク屋の店主モヒカン松飾  走波
 一読して思わず笑いがこみ上げてくる。作者によるとこういう方が実在されているようである。

◎風走る川面を撫でて初カモメ  六星
「風走る」という表現がいかにもカモメと似合う。ただ、鴎では「百合鴎」や「冬鴎」が季語として定着しているのに比べ、「初カモメ」は正月の季語として、どの歳時記も載せてないように思われる。今後使う人が増えれば、季語として認められる可能性はある。

◎長身の巫女より享くる破魔矢かな  新治
「長身の巫女」がよく効いている。背の高い巫女から「破魔矢」を受ける光景は、どこかしらちょっとした緊張感もある。

○いつもいる隣の奴と初笑い  厚子
 普段はそれほど気にならないことでも、これが正月だと立派な俳句になる。

○慰霊碑にペットボトルと鏡餅  茂樹
縮景園での景である。さりげなく供えられているところに胸を打たれた。



*次回予定
日時 二月三日(日)十八時〜二十時 
場所 カモメのばぁばぁ
投句 兼題「寒明」一句と当季雑詠を二句

    (茂樹 記)





おまけのアトム

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句会報(毎月、茂樹さんがまとめてくださいます。)を読んでくださる皆様、カモメ句会の皆様平成31年今年もどうぞよろしくお願いします。




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きんちゃんのボールペン画!

2019年01月13日
明日1月14日(月)は祭日なので松尾錦君(通称きんちゃんらしい)在廊されます。

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毎日ボールペン画は増えています。観に来てくださいね。
赤丸はもう行き先があります、すみません。
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毎月第二日曜の朝早くの「たなかさとしの鉛筆画教室」も定着してきそうなので続けていきたいと思います。
どなたでもどうぞ。
カモメは狭いので6~7人がいっぱいですので毎回
ご予約をお願いします。

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第四回。

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右下は、にいのべちよさん画。
ちよさんのデッサンは初めてみせてもらいましたが、久々と言いながらきっちりみせますね。

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さとし君の絵は鉛筆でありながら本当に黄色い柚子に見えました。触り心地さえも柚子の様です!

 





おまけのアトム

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朝散歩🐕  旧太田川沿い。




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英語でおしゃべりの会も続いています!

2019年01月12日
松尾錦個展まん中へんです。

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明日の日曜は作家在廊予定です。にしきくんとアトムでお待ちしています。どうぞ。





FaceBookではお知らせしましたが、2019. 2/15 - 2/28
染めと手織り作品の永井博子&ケーキ工房〔菜の花〕のコラボ展
アイシングクッキーの教室をしてもらえることになりました。
お祝いに❣️お礼に❣️名前を入れることが出来るので嬉しいかもー😻

菜の花オーナーのこだわり素材のケーキ・クッキー・プリンはまじで美味しいですから!
ご期待ください!!

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English chatting time on Saturday morning.

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At first, we talked about one member Her body being so painful and concerned someday.
Everyone was angry because she did not go to the hospital at that time.
Now she is fine and good.
She is very patient.でみんなからそんなに我慢してはいけないって心配されていました。


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Junko is a polymer clay artist.
She made red pierced earrings.
Yoko bought it and wore it on her ears.
かわいいハート型のピアスはいかがですか?
It is good for the support of Carp.





おまけのアトム
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ちゃんちゃんこ着てお散歩してるよ。


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ゴールド免許とポツネンと青い空の火曜日記。

2019年01月09日
前回の免許証の更新はすっかり忘れていて(最近乗って無かったので)初心者講習になってしまって三年経ってやっと念願のゴールドになりました。(乗って無かったので。(笑))

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↑ 初ゴールドは嬉しい。




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平和公園を通って蛸壺おじさんの写真の個展へ。

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平和大通り沿いのVIPというギャラリーカフェです。(中国新聞社のといめんを西へ3分歩く)
蛸壺おじさんの写真展はとても面白かった。
今回のタイトルは「ポツネン」


血液検査の病院によって、ひろしま美術館でフランスの風景画とエッチングをみて、いいお天気なので川沿いを歩いてカモメへ帰ってきた休日。

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1月のブラアリタのレジメです。

2019年01月07日
今年も有田先生のブラアリタへどうぞ。
郷土広島の歴史のお話を聴きながら街を歩きます。
長年住んでいても知らない場所や知らないことがあって驚いたり楽しかったりします。

参加ご希望の方は、できれば予約をお願いします。(急な参加でも大丈夫です。)
参加費 200円と1ドリンクオーダーをお願いします。
毎回 午後1時半集合出発  少雨決行。



ブラアリタ(宇品地区散策) 平成31年1月27日(日)予定

日清戦争凱旋碑 
明治29年(1896)軍・官・民の寄付により日清戦争勝利を記念して「日清戦争凱旋碑」が竣工。御幸通りは、明治18年(1885)明治天皇が広島に行幸した際に、広島からの出発地点となった宇品港へ向かう通り道となったことから、御幸橋とともにその名がついた。当時はこの通りが宇品のメインロードであり、終点である南端には御幸松が植えられた。大平洋戦争中、金属類回収令により市内の公共施設の金属部品が次々と外されたものの、ここの頂部の金属は外されなかった。 原子爆弾投下により被爆。爆心地から約2.5キロメートル離れたところに位置したが、倒壊はしなかった。昭和22年(1947)進駐軍からの糾弾を恐れ、日清戦争凱旋碑と書かれていた部分をセメントで塗りつぶし平和塔に刻み変えられた。現在の正式名称は平和塔。

(1)広陵高等学校跡
①大正期には修道中学、明道中学(1923年廃校)とともに広島三中と呼ばれていた。
②(沿革)明治19年(1886)1896 2月 鶴虎太郎、数理学会を設立。1900年に中学科を設置。
1901年5月 究数学院中学科を私立広陵中学と改称。1907年4月 呉服商・石田米助の出資を仰いで、中学校令による旧制中学校として認可(校主:石田米助・校長:鶴虎太郎)。で開学。1920年夏 石田米助の死後に跡を継いだ長男・石田真一校主と鶴校長との間で学校運営をめぐる対立が表面化。11月に石田校主は鶴へ校長解任を通告、一連の校主側と校長側との対立が「(第一次)広陵事件」として全国に報道される。1921年3月 仲裁の結果、学校分割を決定。鶴校長側は材木商・田中イト他の出資を得て財団法人広陵中学校を設立し現在地で開校。石田校主側は広陵中学校を山陽中学校に改称、財団法人山陽中学校(のちに財団法人石田学園に改称)を設立し従来の宝町で開校。1973年4月 広陵高等学校を現校地(広島県広島市安佐南区伴東三丁目)に全面移転。

(2)千田廟公園
①宇品港築港事業に貢献した広島県知事・千田貞暁(薩摩出身:薩英戦争.鳥羽伏見の戦.上野・会津の戊辰戦争で戦う。後に新潟県・京都府知事))を顕彰するため建立された公園。千田の銅像および千田廟社を中心に、新開地(埋立地)として造成された宇品地区の歴史を示すモニュメントが集められており、かつての「宇品新開」の北西端付近(広島市南区宇品御幸1丁目)に位置する。日清戦争当時の明治28年4月、従軍記者として宇品港を出航した俳人・正岡子規の句碑「行かば我 筆の花散る 處まで」(1922年9月建立)等もある。②宇品港(現在の広島港)築港事業 碌を失った旧広島藩士救済事業と広島湾が太田川の流砂のために,海運の支障が激しいので築港を計画。国の予算は,支出が多く築港に必要な経費の援助が十分でなく、浅野氏から旧藩士に与えられた授産補助金3万円と,国庫金2万円,寄付金3万円(保田八十吉等)合計8万円を資金として,明治17年(1884)9月5日に起工式をあげた。工事は再々風水害に見舞われ,1886年9月17日は,高さ5.5メ-トルにも及ぶ海潮が新堤を破壊して,工事は全滅の状態となる。資金難となったが、千田貞暁は私財を投じ身命をなげうってこ
の大事業を続け明治22年(1889)11月に,総工費30万円,5年3カ月の長い年月をかけてようやく完成した。③宇品新開の造成 「現在の宇品地区は、宇品築港事業の結果造成された広大な新開地(埋立地270ha内170haは旧広島藩士の共有)として成立した。この「宇品新開」は広島区(広島市の前身)に編入され「宇品町」となり、さらに築港が竣工すると宇品島(当時は安芸郡仁保島村内)がこの新開地と地続きになり宇品島は1904年2月、広島市に編入され同年10月には元宇品町と改称した。

(3)宇品陸軍糧秣支廠跡
①明治30年(1897)設置。明治44年(1911)に缶詰工場(牛肉の大和煮が中心)を開設。糧秣支廠の業務は物資の調達・配給・貯蓄がメインであり、民間からの購入の方がこの工場での製造より上回っていた。②牛肉缶詰製造は全国の糧秣廠でここのみで国内牛のみならず中国山東半島・満州・モンゴルの牛も使用し生産量を誇った。③大正12年(1923)の関東大震災で本廠が被害を受けて以後は専らここで製造されることとなった。明治40年(1907)頃からは戦時用だけでなく平時用の食料品製造・調達も行われ、大阪の大火(「キタの大火」「天満焼け」と呼ばれる大火災)などの際には罹災者用の救援物資が広島から被災地へ向けて送られた。④原爆により建物倒壊。被災者救護。⑤昭和21年(1946)広島糧工(株)が借受て缶詰工場を生産、昭和24年(1949)食肉処理場へ松尾糧食工業(株)(現カルビー製菓) が入居⑥昭和60年(1985)旧缶詰工場が広島市・重要文化財に指定・広島市郷土資料館開館⑦平成19年(2007)旧食肉処理場解体(前年カルビー広島工場移転の為)。

(4)神田神社
①御祭神 仲哀天皇・神功皇后・応神天皇②文亀3年(1503)銀山城城主武田元繁が、祖国甲斐の国から城の守護神として安芸郡牛田村あたりに奉遷したのが始まりだと言われている。その後武田氏は毛利元就に滅ぼされ社殿は荒廃したが、毛利輝元が広島城を築城して入城すると、神田神社の荒廃を憂いて天正19年(1591)武田氏遺臣池田宮内を神主として社殿を再建し、広島城の守護神として祭った。今の神田橋というのは神田神社に参拝するために架けられたもので、神田山という地名も神田神社に由来していると言われている。福島正則が城主となると、社地を悉く没収し神社は再び荒廃し始めた。神田神社は牛田村の氏神様として牛田地区の村民等によって祭られた。③明治22年(1889)神領地は旧陸軍省の用地となり、神田神社は当時千田貞暁が埋立てた新開地である宇品へ移転。宇品の住民は最初に出来た道路に神田通りと名付けた。明治33年(1900)台風による津波で神社は大破、昭和6年(1931)現在地に新築移転、昭和60年(1985)火災により全焼、翌61年9月に浄財で復興造営した。自在坂神社=不動院の鎮守社で、「猿宮」とも呼ばれ神田神社も合祀されている。

(5)日照山千暁寺
広島県令千田貞暁が願主となり宇品港完成に先立ち、瀬戸内の島々の労働者のために浄土真宗の寺が必要として明治25年(1892)宇品説教場が設けられた。明治33年(1930)「千田貞暁」の名前から「千(せん)」と「暁(ぎょう)」をとって設立された寺。日清戦争以降第二次世界大戦まで戦場で命を落とした人々が遺骨で宇品港に運ばれ帰り各地の遺族に引渡されるまでの安置所となり合同慰霊祭が執り行われた。戦争が終わったころには、庭には引き取り手の無い兵士の遺骨がいっぱいあったという。原爆直後は被災者の救護や犠牲者の供養が行われた。爆心から4310m、広島市の被爆建物として登録。

(6)御幸松
①明治18年(1885)宇品築港工事の最中、明治天皇による山陽道行幸が行われ、西から広島市中心部を通って宇品港から乗船し東へと進んでいった。天皇行幸を記念してこの地区に「御幸」の名が付き、現在も宇品御幸や宇品御幸通り、御幸橋として名が残る。宇品港からの乗船地点にこの御幸松が植えられた。明治天皇は明治27年(1894)日清戦争が勃発し広島城内に広島大本営が設置された際にも、大本営から宇品港を出発し呉鎮守府を巡啓した。明治32年(1899)には嘉仁皇太子親王(後の大正天皇)行幸記念として更にもう一株植えられたがその松は後に枯れてしまった。②現在も残る御幸松記念碑は、明治42年(1909)に設置され松が枯れた後も碑だけは残った。③原子爆弾投下の際に当地にあった遺構は被爆建造物にあたる(爆心地から5km圏内)。④昭和45年(1970)広島県道243号広島港線の拡張工事の際に記念碑は千田廟公園に移設されその後、広島南道路建設が進められ地元住民と建設省(現国土交通省)との協議の中で、住民要望により記念碑を元の位置に戻すことが決まり、平成22年(2010)広島高速3号線部分供用開始に合わせ、元にあった位置の近くに移設された。

(7)安芸ノ海 本名は永田 節男。
(大正3年(1914)5月30日 ~昭和54年(1979)3月25日)広島県広島市宇品町(現・広島市南区宇品御幸)出身。四股名は序二段の時、中国新聞の山本実一社長が名付け親。第37代横綱。昭和15年(1940)1月場所で関脇に昇進。同年5月場所、14勝1敗で初優勝。引退後は藤嶌の娘と結婚し、年寄・不知火を襲名(後に藤嶋を継承)して、相撲協会の理事に就任した。次期出羽海の有力候補だったが、1953年に自身が経営していた「ちゃんこ安藝」の地下にキャバレーを出店させて出羽海の怒りを買ったことが致命的になり、その後自身の離婚問題により平年寄に降格されると1954年をもって廃業した。廃業後は東京・八重洲で相撲料理店、東中野でアパート、北鎌倉で洋品店を経営し、大相撲中継のゲスト解説に度々登場した。心不全のため鎌倉市の病院で死去。64歳没。墓は元宇品町15-1観音寺。
暁橋 この橋から広島港を見て作られた文部省唱歌が、「みなと」。明治22年(1889)の宇品新開(現・宇品地区)造成と宇品港(現・広島港)築港により、広島本土と宇品島(現在の元宇品)は陸続きとなったが、その時点では宇品新開と宇品島は道路で結ばれ、両地の間に水路は設けられなかった。沿岸を航行する船は島を遠回りすることを強いられ、元宇品と新開地を連絡する道路は住民の生活の必要からしばしば破壊された。こうした状態を解消するために地元住民7人を中心に水路と架橋を求める運動が進められた結果、明治26年(1893)橋が架けられ当時は単アーチ橋で、橋と水面に写るその映像と合わさって丸形をしていたことから「めがね橋」と呼ばれた。第二次世界大戦中の昭和17年(1942)に、船舶往来の必要から陸軍船舶司令部(通称・暁部隊)がめがね橋を取り壊し水路を拡張、新たに橋をかけ現在の「暁橋」の名称が付けられた。原子爆弾投下の際には被害はなかった。橋のたもとには、架橋の由来を説明する亀裂の入った石碑があり、行方不明になっていた時期もあるが、その後発見されて現在地に設置された。

(8)旧広島県港湾事務所 
広島港を管理する広島県港湾振興事務所の旧庁舎。元々は広島水上警察署や宇品警察署(現広島南警察署)として使用していた建物を、港湾振興事務所に移管し西隣に新棟ができるまで使用された。明治42年(1909)竣工の地上2階建の木造建築で、広島に現存するものとしては唯一の明治期に建てられた公共建築。被爆建物でもある。

(9)旧陸軍桟橋(旧六管)跡(宇品波止場公園内)
①明治35年に軍用桟橋として建設。:宇品港は陸軍の発進地(統計によると、17万人が国外に出征、その大半が宇品港から輸送船に乗せられて大陸に渡っていった),帰国する兵士の上陸地,戦没者が遺骨箱での帰還地だった。
②近藤芳美(歌人。旧朝鮮馬山生れ。広島市鉄砲町で育ち、広島二中.広島高等学校卒。東京工大建築科卒業。1932年《アララギ》に入会。中村憲吉,次いで土屋文明に師事。1947年〈新歌人集団〉を結成。1951年歌誌《未来》創刊。1955年より〈朝日歌壇〉選者。現代歌人協会理事長。歌集に《早春賦》《埃吹く街》《黒豹》などがある。)の詩歌と碑建立 

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陸軍桟橋と ここを呼ばれて 還らぬ死に  兵ら発ちにき 記憶をば継げ
★パラダイスの塔(宇品波止場公園内) “広島がすべてを映す光輝く都市になるように”との願いで製作され、「1989年 海と島の博覧会・ひろしま」のシンボルタワーとして用いられた、高さ43.45mもある大きなモニュメント。平成3年に今の場所に移設され、インフォメーションセンターが併設された。イタリアのデザイン・アートの巨匠 アレッサンドロ・メンディーニの製作。

(10)宇品線モニュメント/宇品波止場公園
宇品線 終点の宇品駅には陸軍運輸部宇品支部が設けられた。
私設鉄道条例公布により山陽鉄道会社設立(本社神戸市)
明治27年(1894)5月 広島まで開通する。広島.赤間関開通は明治34年→明治27年(1894)8月 山陽鉄道広島駅と宇品港を結ぶ軍用鉄道開通。約6㎞を着工から2週間で開通。(日清戦争開戦の為突貫工事で行う)日清戦争の兵士・物資の輸送を主とした目的で広島~宇品に軍用鉄道が敷設され敷設の翌日から兵員輸送が開始された。陸軍省が山陽鉄道に委託する形となった。広島(山陽鉄道の西の終着点)が軍事拠点として注目されると、これにより宇品地区・宇品港には続々と兵員が輸送されこの地区は大陸進出の前進基地とみなされた。→明治30年(1897)5月  山陽鉄道が陸軍省から広島駅 - 宇品駅間(3M46C≒5.75km)を借入れて、一般人が利用する旅客営業開始。宇品駅が開業。→明治39年(1906).12月 鉄道国有法により山陽鉄道は買収され、宇品線も国有となる→明治42年(1909)10月 路線名称「宇品線」と制定。→大正4年(1915)4月 宇品線は第一次世界大戦で中国青島出兵のために再び軍用列車へ。昭和5年(1930)10月 芸備鉄道が鉄道省から借り受け、全線で旅客営業が再開。→昭和12年(1937)7月 芸備鉄道を国鉄に買収。→昭和20年(1945)8月 原爆投下の翌日夕刻、宇品線開通。宇品へ負傷者の輸送を行う。→昭和61年(1986)9月 宇品線廃止。

(11)広島陸軍糧秣支廠倉庫の壁(宇品中央公園近く)
この倉庫は、明治43年頃、軍需物資を補完するため、宇品駅のプラットフォームに沿ってレンガ造りで建てられた(長さ91m高さ9.7m面積1320㎡.平成9年に取り壊された)。

(12)唱歌「港」の歌碑(宇品中央公園)
小学校時代を連想するごとに、口ずさまれる国民唱歌の一つに「空も港も夜は晴れて…」の懐かしいメロディーがある。この歌がいつ、どこで、だれによって作られたものか忘れられていたが、昭和48年8月、全日本海員組合の宮城伸三氏が前任地博多から広島に赴任、宇品の居酒屋で、たまたま同席した一老人から、この歌は宇品を歌ったものであることを聞かされた。いろいろ調査研究の結果、作詞は旗野十一郎氏、作曲は吉田信太氏、場所は宇品暁橋であることを確かめた。昭和50年(1975)7月21日に宇品中央公園(元陸軍船舶司令部跡地)に歌碑が建てられた。宇品小学校・宇品東小学校・元宇品小学校の当時4年生が、1人1文字ずつ歌詞を書き、当時の広島県知事の宮澤弘が、タイトルの「港」の文字を書いた。その後、広島市内の防災無線で正午に毎日流されるようになった。

(13)宇品凱旋館建設記念碑/宇品中央公園 
出征軍人・戦傷病兵の歓送迎・慰安のために、総工費28万5000余円は下賜金、陸軍省、満州国、その他寄附金で賄われ、昭和13年(1938) 2月には、宇品の陸軍運輸部構内に宇品凱旋館〈鉄筋コンクリート3階建〉の工事が起工され昭和14年(1939)4月に竣工式、昭和16年(1941)6月落成式をあげた。昭和45年(1970)まであった。

(14)旧帝国陸軍:陸軍運輸部 / 船舶司令部(宇品中央公園)
①広島には陸軍の船舶および鉄道輸送を統括する陸軍運輸部が置かれ太平洋戦争終戦まで陸軍の作戦のための海上輸送は陸軍船舶部隊の担当だった。日本の陸海軍間では人馬や軍需品を安全かつ能率的に積み込むための付属設備と、安全かつ迅速に揚陸するための接岸設備、更には、泊地の輸送船から敵岸迄の輸送用舟艇、および、その行動を直接に援護するための戦斗用舟艇などの研究開発は陸軍で担当するという協定があったと伝えられる。
③陸軍運輸部・船舶司令部の略年表=日清戦争の頃に始まり太平洋戦争が終わるまで続いた。
明治27年(1894)宇品港に運輸通信支部を開設。事務開始→明治29年(1896)陸軍運輸通信部宇品支部に改名→明治36年(1903)陸軍運輸部条例発布→昭和12年(1937)第一船舶輸送司令部設置 →昭和15年(1940)第一船舶輸送司令部が廃止され船舶輸送司令部を新設→昭和17年(1942)船舶輸送司令部が廃止され船舶司令部を創設→昭和20年(1945)陸軍運輸部廃止
④船舶司令部の部隊はすべて秘密保持のため「暁○○部隊」という呼び名が与えられ配下には船舶・練習・教育・砲兵・通信・衛生などの部隊がありそれぞれ「暁○△部隊」と称していた。
⑤昭和20年8月6日被爆時、本司令部は宇品凱旋館内に置かれ爆心地から4~5kmあり人的被害が少なかったので「暁部隊」は
被爆後直ちに救援活動の指揮中核を担った。

〈参考文献〉広島今昔物語.瀬戸内歴史散歩.各史跡案内版.ウイキペディア他


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キラリ人✨キラキラ錦くん。

2019年01月06日
松尾錦個展二日目のギャラリーには今日はちびっこたちが来てくれました。

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ギャラリーに天使がウロチョロしてるみたいですねー、いつも写真撮り忘れるけど今日はばっちり。
小っちゃくても二か国語を使い分けてる!
羨ましい!!


恒例のカノッペちゃんも来てくれて虎ちゃんも来てくれて、遠くから里帰りして忙しいじゃろうにほんとありがとう!





毎週土曜の朝カモメオープン前には英語でおしゃべりの時間です。

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今日はやっぱりお正月のことお話ししました。
わりとみんな普通のお正月でした。


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ダフネお嬢様は今日は振袖でいらっしゃいましたよ! モデルみたいですワン!






昨日の中国新聞CUEに松尾錦君掲載していただきました。

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「見ました!」って随分声かけてもらってありがとうございます。
日々、時間を見つけてペン画小品も追加制作しておられます。
日曜は終日作家在廊の予定です。

※明日6日(日)は夕方6時から俳句会が行われますので良かったら明日は夕方までにカモメにおこしくださいませ。








おまけの孫っち

ギョーザの国から初めて広島に来たほっちんは、今朝新幹線で帰っていきました。
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またね~!


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ハナたんは、今日満一歳の誕生日でした。
おめでとう~!









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2019年初日。

2019年01月05日
お正月初めの作品展の初日でした。
「松尾錦 個展」、カモメでは二年前に続き二度目です。

多分ゆっくりスタートだろうとのんきに化粧などしていたら十時半のオープンのタイムと同時にどやどやとお客様が入ってきてくださいました。
しかも作家より早く作家の勤める会社のご夫妻やいつもの森原夫妻やら丸町氏やら。有難い。

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錦くん、25歳。(今年のカモメスケジュールカードのモデルをしてもらった時。) Photo by Keitaro Nakamura

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益田先生や東京からの帰省の作家さん達、いつもの常連のお客様方+Hらさんなど。


前回のカモメでの作品展ではボールペン画で独自のスタイルを発表されました。
今回は油彩画に挑戦してみたそうです。仕事から帰って作品を創作することが楽しいそうです。
仕事始めまでの6日までは終日在廊予定です。その後は週末在廊予定です。





ririはお正月は山の家に行って昔のちびっ子たちと一升瓶2本+α空けました。全員のんべ!

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幼友達っていいね!

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山の家の庭の井手原敬一作品。






おまけのほっくん

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宇都宮のほっくん、お好み焼きやさん体験して帰る。まだ食べれないけど。








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2018年の締めくくりはOSAKAで。

2019年01月01日
一年の間にはいろんなことがあります。
私の家族や友人にも様々なことがあって、楽しいことばかりじゃない色々あります。
でも、とりあえず生きているからただこうして生きているだけでも何かができるだけでもうれしいことだと親戚のおじちゃんも言ってるから良しです。



 ラシードのお姉ちゃんのアビバの一家と私がいつもパリに行くと泊めてもらうファリダが日本に来ています。
東京と石垣島から大阪へ。昨日から一泊で会ってきました。

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大阪に行って時間があるとお呼び出ししてお茶します。ご存知バグパイパーのSUGIさん!
今回は、フランス一家の宿泊アパートが難解なところにあって連れて行ってもらって帰り道も教えてもらって大助かり。
いつも大阪では大迷子になるから私には大阪は鬼門だったけど今回少しなじめたからまたチャンスがあったら大阪にも行ってみよ。





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アビバの夫がネットで探したアパートは6ベッド、キッチンバスルームもきれいで洗濯機冷蔵庫なども完備、快適で激安。USAGIHOUSEと言います。
勝手にカギをパスワードで開けて入る完全無人の宿。私が彼らより先に着いたら丁度お掃除の若い人がタオルを置き忘れたからと出会って感じよいし。


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左から、ナイエール中学生、後ろアビバ(子供たちのママで)、手前の双子はイリアンとミラーン、後ろはパパのザビエル、右はアビバやラシードのお姉ちゃんのファリダ。みんなめちゃ優しい。
ドットンボリに行こうって、アパートから歩いて行って分からなくなったら「由利子日本語話せるんだからだれかに道を聞いて!!」って言われて「道頓堀どこですか?」って聞きながら川を目指して15分も歩いたら大賑わいのドットンボリ!

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結局私が連れ歩いてもらった。ドットンボリ!


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Photo by FARIDA

子どもたちが朝に晩に抱き着いてきてほっぺにキスをする。かわいいなー、日本もそんなんしたらいいね。







今年最後に描いた絵。
オーナーだから隙があれば勝手に壁に掛けれることに気づいた!
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今年も大変お世話になりました。
良いお年を!



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