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The end of the year in Hiroshima.

2007年12月29日
I argued with my son.
I felt that it is a family,so nice.

I'm going to stay in my room for New Year holidays,and I'll eat some delicious mandarin orange which Aki's boyfriend give me.
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Then I'm going to draw the picturs.
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Have a good year, everybody!


ゆんべー、J太とケンカした。
赤ちゃん時から優しいから、あいつはー。
もっと自分勝手に生きろという母と、それはできんという息子と。
なんか、反対じゃね。
家族っていいねー、おもいっきしケンカできるけ。


RIRIは、年末年始はおいしいミカンを食べたり、絵を描いたりして過ごそうかな。

みなさん、来年も素敵な年でありますように。

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The tree which became too big!

2007年12月26日
A avocado tree was cut.
The avocado of my small garden grew up too big.
My brother-in-law cut it because many leafs kept falling in the parking of neighbor.
これは、もう上の方を切った後ですが、そうとうなアボガドの大木でした。
ありがとうね。
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RIRI put on seeds without minding a place because I like the trees and grass and the flowers.
Therefore it grows in the garden in various ways when I forgot it.

My Italian friend's Maria want to see Japanese Christmas party.
This is Riri & friends Christmas party in Hiroshima.
But this cooking are almost Japanese style.
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This sweets are Japanese cakes that made from Pon-chan.
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The lease decoration and the small bird which Misojin made.Thanks.
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アパートの狭い庭のアボガドの木が大きく大きく育って4~5mにもなったので、兄に切ってもらった。
RIRIは木や草や花が好きで所かまわず種を蒔くので後から大変なことになる。
忘れた頃にいろんなものが生えてくる。

イタリアのボローニャに住む友達のマリアがクリスマスの写真を送ってというからリリが友だちと毎年しているクリスマスパーティの写真を送ることにした。
今年もひまにしていたものが集まっておしゃべりして楽しい時間を過ごした。
でも、一品持ち寄りの料理が、赤飯・おこわ・漬物・煮物・くわいの揚げ物・煮豚・数の子などなどで、デザートまで和菓子のサンタさん!

味噌人がリース飾りを作ってくれた。
博多の某大パッケージ会社のデザイナーだけど、だいたいこんなことをして日々遊んで暮らしているらしい。

☆ririの最新情報
まだパン屋を首になっていません。
卵サラダとツナサラダはなんとか一人で作れるようになりました。
あ、油絵も描き始めましたよ。

The latest information of riri.
I've not yet fired from a bakery.
I got possible to make the egg salad and the tuna salad alone today.
Oh, I have begun to draw the oil painting.
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Patisserie   パン屋さん

2007年12月22日
The Baker.
I've worked a baker near my flat.
The baker has a big factory such as the Charlie's chocolate factory.
In a shop, there are old woman 1 and old woman 2 who have teacheed me works of the baker.
1 is very strict, 2 is very kind.
But I like both.
My first work was roast to the eggs for the sandwich.
It's soso good.
The next work was cut to the breads.
The bread became full of holes・・・.
When I washed many lettuces and dried it, some lettuce flew.
The sandwichs flew too when I wrapped bread in a register.
Anything flies ,I've failed every day.



ブライトンリリーは、パン屋さんで働き始めました。
知らなかったんだけど、お店の後ろにおーきなパン工場があります。
チャーリーのチョコレート工場みたいに、色んな形の機械の間からコッペパンが流れてきます。そこでは、学校給食用のパンを作ってるんだそうです。
その横に手作りのパンを作る部屋があって職人さんたちが色々なパンを焼いています。
お店の横には小さな喫茶もあります。

店には、老婆1号と老婆2号というのがいて色々教えてくれます。
老婆1号は結婚もせずこの道一筋の筋金入りで70歳にしてキビキビ・テキパキと動きサンドイッチ名人らしい。
老婆2号は、エプロンなんかも着せてくれるほど優しいけど、レジをうたせたら天下一品で数十種類のパンの値段をコンピューターのように記憶していてしかも笑顔を絶やさない。

ririの初仕事は、サンドイッチに入れる玉子焼きを10枚作ること。
一応、主婦歴もあるので、老婆1号も初回は納得。
翌日は、他の人みたいに美味しそうなのを作ろうと焼き方を変えていたら2枚失敗。
玉子焼きも作り手によって形も味も変わる。
次の仕事は、サンドイッチ用の食パンを機械でカットすること。
穴だらけのレースのような食パンが次々と切れて、それ以来食パンを切りなさいとは言われず。
その次の仕事は、洗ったレタスを乾かす。
遠心分離機みたいのをぐるぐる回してふたを空けたら、レタスがビューンと元気に飛んでいった。
その次は、レジでパンを包む。
サンドイッチを袋に入れようとしたら、パックがはじけてサンドイッチも勢い良くお客に向かって飛んでいった。
何かと飛んでいく。
時々おかしいことを言ったりやったりしているらしく、みんなが面白そうに笑っている。吹いている人もいる。

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まあ、そんな感じです。



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ただいまー、日本。

2007年12月20日
I returned to Hiroshima befor two weeks.
I introduce myself.
Because I changed a title of my diary,
My new name is Brighton-riri.
When I lived in Taketomi island in Okinawa My old friend Takeko-obaa cold me 'riri" or "ririna".
I love Brighton so, I'm "Brighton-riri".

I learned English in Brighton and London for one year 2006 Aug.-2007 Aug..
After that I traveled in England ,Scotland ,Czech ,Morocco and France.
Then I arriveed Hiroshima at Dec 2007.

I like communication with people,so I'm going to start my blog today.
Can you read and comment plz.

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広島に帰って2週間です。

タイトルを変えて日記を書こうと思うので、自己紹介します。
名前は、ブライトンリリー。
なんで、ririかというと、昔、沖縄のずいぶん南の竹富島に住んでいたとき、島のタケコおばあに、「リリー」とか「リリナー」とか呼ばれていたからです。
そして、長年デザインの仕事をしていて昨年イギリスのブライトンとロンドンに英語の勉強に行きました。(そういうとかっこいいけど、ririの英語はほぼ肉体表現ですから。)
そして、イングランド・スコットランド・チェコ・モロッコ・フランスなど、安宿と友人宅を点々として12月に広島に帰ってきました。

留学中は、家族・友人に海外生活と海外情報を報告すべく豆に日記を公開していましたが、広島から、発信することは無いと思われ日記を中断しました。
けれど、生来コミュニケーション好きと思われ、また書きたくなたので、続けて更新することにしました。
ひまな時に遊びに来て、書きたいことがあれば、コメントを残していってください。



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さて、この2週間のこと。

栃木県の息子っち、Y平のところに2泊して広島に3日後に到着。
My son in Tochigi and Japanese lunch of Tofu cooking.
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天然姉妹のYOKOに広島駅にお迎えに来てもらって、車内でおむすびを食べながらオンボロアパートに着くも、相変わらずオンボロなので、ドアが開かず大家さんに職人さんを手配してもらってやっと我が家に入る。
第一印象・・・・「狭っ。」
それから、ぽんちゃんがさっそく差し入れを持ってきてくれて、J太と味噌人が駆けつけ、実家のニューバんちで久々の手料理を食べた。
My son(another one) in Hiroshima.
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実は、もう2ヶ月ばかりトルコの友人を訪ねたりして遊んで帰る予定だったのだけど、帰国を早めたのは、胸に小さなしこりを発見し、ちょうど保健が切れたところだったので、仕方なく旅を中断して、さっそく広大病院に検査に行きました。
Dr.にこんなんで帰らんでも良かったのにーと言われ、がっかりしたような安心したような複雑な状況でした。

それから、ビンボーなので、近所のパン屋さんにパートで入れてもらいパン屋修行を始めることにしました。


一週間たち、やっと広島に帰った実感がわいた頃、友だちが心筋梗塞で突然亡くなりました。
「ただいまー」と挨拶に行って、にこっと笑ってくれた笑顔をみて3日目。

決して付き合っているわけでは無いけれど、一緒に食事に行ったり花を見に行ったり、落語を聞いて笑った友だち。
空気のように遠慮がなくてそれでいて、いつもお互いに敬語を使っていた、変な友だち。
家族がいない彼が死に衣装を着せられるのを一人で見ていたら涙が止まらなくなって、そっと触れてさよならを言った。死んでから初めて触れた。



さてさて、ブライトンリリーは、もう立ち直って元気にしています。
次回はパン屋さん修行のお話を書きましょう。

みの子とぽんちゃんがさっそく日本食手料理や、手作り和菓子をご馳走してくれて、舌鼓ポンポン♪です。Merci!
My friend Minoko & Pon.
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